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ユダヤ人虐殺事件の真相の裁判

●『アンネの日記』は小説である

 『アンネの日記』をも合せて考えよう。
 『アンネの日記』が長年に亙って最も売れている本になり続けている国は日本だけと言われる。
実は『アンネの日記』は、アンネ・フランクという13歳で亡くなった子供が自ら書いた「日記」
ではない。アシュケナジー・ユダヤ人であるメイヤー・レビンという人物が、アンネの父から頼ま
れて書いた小説なのである。
 思えばアンネはオランダで生れたアシュケナジー・ユダヤ人出会った。彼女が古典的ドイツ語で、
しかも大人の様な筆跡で書くのは不自然という物である。彼女はオランダ語はは堪能であったであ
ろうかが、オランダ語とドイツ語は根本的に違う。もしこの『アンネの日記』が宣伝(プロパガン
ダ)として利用されているならば、日本人が完全にそれに乗せられている事にもなるのだ。
 1959年4月15日付の「エコノミック・カウンシル」誌に次の様な記事が載った。

 「『アンネの日記』は十代の子供が書いたとは思えない。この事について
 ニューヨーク最高裁判所の判決から裏付を取る事が出来る。
  アメリカのユダヤ人作家メイヤー・レビンが、アンネ・フランクの父オ
 ットー・フランクから、この日記作成に対する謝礼金として5万?を受取
 ったと認めている。フランクはこのレビンに5万?を払い、その後レビン
 の作品をまるで自分の娘の作品の様にしてしまったのである。・・・(中
 略)・・・この最高裁の判決の書類2241ー1956はニューヨークの
 地方事務所にある筈ナノだが、残念な事にこのファイルは今や何処かへ消
 えてしまっている(この様に証拠隠滅するのが左翼の得意技である。例え
 ば国際連合の飛行機事故に関する情報が雑誌『知識』の中に曽野明先生によ
 って流れたが、その雑誌がその年月の概観号は図書館から消えているので
 ある!忍)。
 『アンネの日記』は1951年、出版後直ちに最も売れる本になった。し
 かし何故アンネの父を巻き込み、本の真実性を追ったこの裁判が、今日公
 に報告される事が無いのだろうか。オットー・フランクがその娘の死、及
 びその悲劇から膨大なカネを儲けたというのに」

 スウェーデンの記者、ディトリィェブ・フェルデュラーは『アンネの日記』について次の様に述
べている。

 「1959年、映画『アンネの日記』が作られた時、アンネが住んでいた
 というアムステルダムの原型(オリジナル)の建物を、日記に書いてある
 様に改装しても良いと言われたという。これでは否応なしにこの日記に対
 する疑問が湧いて来るではないか。
  又、この日記は自己矛盾及び文学的表現に満ちており、とても13歳の
 少女が個人の日記として書いたとは思えない。しかもどうして13歳の少
 女がフランク家の歴史についてその日記の初めでまず語り、すぐ後にドイ
 ツに於ける反ユダヤについて語っているのか。
  彼女の本文の中で『オランダ風の梯子階段』と書いているが、彼女はオ
 ランダしか育っていない筈であるのに、どうしてその梯子階段がオランダ
 独特の物と分るという野だろうか。彼女はどこの国にも行った事はないの
 である」

 1980年10月9日付の「ニューヨーク・ポスト」には、エルンスト・ロエマーが、この
『アンネの日記』は真実出はなく、小説である事を追及し続けて裁判に持込んだ事が書かれて
いる。二度目の裁判でこのロエマーの申出は正当と認められた。
 
 

●「真実の歴史」を糾弾する?

 このエルンスト・ロエマーの申出に対する独逸連邦犯罪調査事務局(BKA)の調査結果を西
独逸の週刊誌「シュピゲール」が暴露した事があった。
 それによると、『アンネの日記』の原本恥、長期に亙って全巻が発表されていなかった。しか
し裁判の結果遂に第4冊目が調査される事になったのである。その4冊目はボールペンで書かれ
ていたと云う。よく考えれば、ボールペンが世に出て一般に使われている様になったのは195
1年以降である。アンネはそれよりも遥か以前に死んでいた。
 第4冊目に書かれているボールペンの筆跡は第一冊目、第二冊目、第三冊目に書かれている筆
跡と全く同じ物である。と云う事は、この日記はアンネ自身の手に依って書かれた物ではないと
云う事の動かし難い証拠となったのである。
 1989年9月16日、一人のフランス人が犬を連れて公園を散歩中、三人の若者に襲われて
全治数花月にも及ぶ重傷を負わされた。事件後、直ちに犯行声明が出された。

 「ロバート・フォアリスンは、一人目であって、これで終りではない。
 SHOAH(ホロコースト、即ち虐殺を意味するヘブライ語)を否定す
 る者達は用心せよ」

 とあり、差出人はユダヤ歴史継承団とあった。
 被害者ロバート・フォアリスンは、この三人の若者達と出逢い頭に催眠ガスを掛けられたので
ある。彼が倒れ気を失った時、頭や顔、胸等を数十回に亙って蹴り上げられ、瀕死の重傷を負わ
されたのである。今も顎は砕かれ、助骨が折られ、重体が続いていている。
 ロバート・フォアリスンは、リヨン第二大学の教授として有名な人物であり、『アンネの日記
は本物か』等数冊の本を書き一貫して第二次世界大戦中にナチス・ドイツがユダヤ絶滅計画を出
してもいないし、実行もしていないと云う事を主張し証明していたのであった。
 一頃日本の常識は世界の非常識であり、世界の常識は日本の非常識であると言われた。この事
は600万人ユダヤ人虐殺の事や『アンネの日記』等に於いても当て填まるのではないだろうか。
 ここまでハッキリしているならば、悪の権化とされている独逸は、何故その名誉回復の為に真
実を世界に向って主張しないのか。況んやアシュケナジー・ユダヤ人達に対して、又イスラエル
に対して、主張しないのかと私達日本人は思う(実は、アシュケナジー・ユダヤ人は、使い走り
段階で実は主犯は、ユダヤ教の神であるエホバの弟ダビデが計画した犯人である。これが自分の
主張である。そして悪魔ルシファを通して、旧ユダヤ貴族ロスチャイルドの仲間であるサンドリ
ンが主犯である。この辺りは後半になった宇野氏の本に著作している。只、日本民族がユダヤ子
孫である事を理解してから、この辺りの論文が全く消えてしまっている。ハッキリ言うと日本とイ
スラエルは全く関係なく、南ユダ王国の正統性を受継いでいるのが日本国であり、イザヤの子孫が
受継いでいる。そして北朝10支族は、悪魔ダビデの家来でユダヤ教の神エホバとは全く無関係
である。消えた北朝10支族は日本に来ている事は事実だけど、南ユダ王国とは全く無関係であ
る。そもそもアブラハムと神の関係を作ったのは、悪魔ダビデでの計画でそれを間違を正しめよう
と計画を立てているのが神エホバなのである。悪魔ダビデが神エホバの名を偽ったのが始りである
から。ユダヤ人が素直にユダヤ教の神である天帝エホバの言葉を受入れて、悪魔ダビデの法である
タルムードを捨てることである。そして一から遣り直すのである。それがユダヤ人が本当の救いと
なるのである。神を否定しているのはユダヤ人であるから!忍)。
 

●唇寒き独逸人達
●タブー中のタブー
●裏から見た独逸
●「ホロコースト」裁判
 独逸からカナダに目を転じて見よう。現在カナダでホロコーストに関する裁判が三つ進行してい
る。
 その中の1つアーンスト・ズンドォル裁判を取上げて見よう。
 ズンドォルは独逸系のカナダ人出逢って、600万に及ぶユダヤのホロコーストは有り得なかっ
たという内容の本を書いた。600万ユダヤ虐殺とはユダヤ人達の偽装宣伝(プロパガンダ)であ
るとしたのである。彼は直に訴えられた。そしてその裁判がトロントで始った野である。始ったの
は1985年の春である。
 ズンドゥルの弁護側の証人はカナダ中探しても現れなかった。困り果てたズンドゥルに弁護の為
の証人として登場したのは、アメリカのボストンから遣って来たフレッド・ロイヒターである。
 彼はアメリカに於て死刑執行の設備を作っている人物である。アメリカに於ける死刑執行と言え
ば電気椅子が思い浮ぶが、州によっては必しも電気椅子では無く、毒ガスを使われている場合もある。ロイヒターは毒ガス設備を作る専門家なのである。
 
 

●毒ガス使用は無かった

 彼はその裁判の席でアウシュヴィッツ等の強制収容所に於ては、チクロンBの様な毒ガスは使用
されていなかったと証言し、それを証明した。彼の証言は「ロイヒター・レポート」として纏めら
れている。チクロンBは使われていなかったというのは当に日本人にとっては衝撃である。
 彼はそれをどの様に説明したのか。この裁判の証人になった時、ロイヒターは自分の妻、科学者
達、ポーランド語の通訳者等を伴って、強制収容所を周り、それらの天井のコンクリートや壁、床
等から標本を取って持ち帰ったのである。その封印したままの標本をアメリカの大学に委ね、検査
依頼をした。大学の検査の結果、チクロンB等は一切使われていなかったという結論に達したので
ある。
 図を見て頂きたい(宇野正実著『見えざる帝国ー1993年、シオニスト・ユダヤが世界を支配
する』ネスコの中のp187「強制収容所で毒ガス使用はあったか」のHグラフである!忍)。こ
れは『ロイヒター・レポート』の中から取った物である。原文の題目は「ガス室と火葬炉???及
びビルケナウにあったシラミ駆除設備から取った標本」となっている。つまりシアン化合物がどれ
だけ使われていたかと云う事の検査結果である。シアン化合物というのはチクロンBの一般名で有
って、チクロンBは独逸の会社が商標名としていた物である。他の会社がこのシアン化合物を発売
する場合には別の名前を使っていた。
 収容所の中にガス室と火葬炉が有り、そのガス室と火葬炉が1つになった物をクレマ(KRBM
A)と言っている。
 そしてクレマ?はアウシュヴィッツ強制収容所の中にあった唯1つのクレマで有る。
 ビルケナウのクレマ?、クレマ?、クレマ?、クレマ?、そしてアウシュヴィッツのクレマ?で
は、シアン化合物即ちチクロンBという毒ガスで多くのユダヤ人達が犠牲になったと一般に言われ
ているが、シアン化合物の反応は一切出ていなかった。これは驚くべき結果である。
 図の一番右端を見て頂きたい。ここにはそれとは余りにも対照的なシアン化合物が厳然として使
われた事を示す結果が出ている。これは「ピルケナウ収容所のシラミ駆除設備から直接取った標本」
である。
 収容所では、多くの人々が生活を支、労働もしていた。シラミが多くの人々を苦しめて板野であ
る。服を消毒し、或いは毛布等を消毒する設備はビルケナウ収容所の中に厳然賭してあった。今も
その建物が残っている。その建物の天井や壁や床から取った標本の結果がこの右端の物である。明
確にチクロンB(シアン化合物)が使われている事が明らかに分る。

クレマ?(アウシュヴィッツ収容所)
 標本25 1.9r/s
 標本26 1.3r/s
 標本27 1.4r/s
 標本28 1.3r/s
 標本29 7.9r/s
 標本30 1.1r/s
 標本31 0.0r/s

クレマ?(ビルケナウ収容所)
 標本1  0.0r/s
 標本2  0.0r/s
 標本3  0.0r/s
 標本4  0.0r/s
 標本5  0.0r/s
 標本6  0.0r/s
 標本7  0.0r/s

クレマ?(ビルケナウ収容所)
 標本8  1.9r/s
 標本9  6.7r/s
 標本10 0.0r/s
 標本11 0.0r/s
 標本12 0.0r/s
 標本13 0.0r/s
 標本14 0.0r/s
 標本15 2.3r/s

クレマ?(ビルケナウ収容所)
 標本16 0.0r/s
 標本17 0.0r/s
 標本18 0.0r/s
 標本19 0.0r/s
 標本20 1.4r/s

クレマ?(ビルケナウ収容所)
 標本21 4.4r/s
 標本22 1.7r/s
 標本23 0.0r/s
 標本24 0.0r/s

シラミ駆除設備(ビルケナウ収容所)
 標本32 1050r/s
 
 
 
 

●チクロンBはシラミ収容所

 此等の事によって何が分るだろうか。
 毒ガスと言われるチクロンBはガス室に於ては一切使われていなかった事を示している(これは
嘘でしょう。そうなると全てが0にならなければならないから。現実に完全に0になっていないか
ら。しかし飽迄も殺虫剤として使われていたでしょう!忍)。ガス室と言われる所は殺人の為の物
では無い事が明らかである。
 そしてもう1つ。チクロンBと云われるシアン化合物は決して人間を殺す為の物では無く、シラ
ミ駆除の為に使用されていた物である事もこれで分るのである。
 このチクロンBに関して『ロイヒター・レポート』はこの様に明言している。

 「かねてから処刑用のガス室として使われたと云われている建物は、
 設計的に見てもその様にはなっていない。その構造に於ては、如何な
 る種類の排気装置も換気扇も存在したという証拠は何処にも無い。
  所謂ガス室の為の通気装置は僅かに4つの、屋根の通気孔からなっ
 ているだけだ。屋根から約61?(2ft)以下の所に配置されてい
 た。若しこの方法でシアン化水素ガスを換気すると為れば、其処から
 僅か道を隔てる所にあったSSの病院にまで有毒ガスが達した事にな
 る。そしてSSの将校達がこれによって殺された事になってしまう。
  部屋からガスが漏れない為の封印剤は使用されておらず、ガスが出
 て行かない様に扉に閉込めた(パッキングされた)様子もない。加熱
 装置も無く、循環装置も無く、排水装置も無く、排気用の煙突も存在
 しない。当にこの様な状態で処刑用のガス室と云われる物が使われた
 と為るなら、全てが自殺行為で有る。これを使用するなら直ちに大爆
 発が起きるが、収容所中にガスが漏れ充満したで有ろう。
  仮に処刑用にガス室と使用された物としよう。
  そう為るならチクロンBを充満させ、一回の処刑が終って後空気の
 入替を為る為には最低20時間が必要とされる筈だ。しかも排出用の
 装置が無ければ、チクロンBが一週間その部屋に残っている事になる。
 排出装置が無かった事に気がついて頂きたい。
  と云う事は、一日にガス室と云われている所で数回に亙って虐殺が
 行われたと為る事は、明確に矛盾する事になる訳だ。

 この報告書を書いたフレッド・ロイヒター恥、死刑執行用の毒ガス設備を作る専門家である事
を確認しておいて頂きたい。
 彼はその専門家の目を持って強制収容所の火葬場と言われる所を次の様に報告している。

 「更に筆者は、今まで火葬場とされていた窪みについても調査した。
 そしてそれらの窪みを個人的に調べ、写真も撮った。
  驚くべき事に地面から約46?(1.5ft)の所に地下水面が
 明かに顕れているのだ。この火葬場とされている所の深さは6m(1
 9.56ft)とされて来たが、それならガソリンを使って人の人
 体を焼く事は不可能だ。水が溢れているのだ。今ある博物館の地図
 に正式に記載されている窪みに依っても、ビルケナウ収容所は沼の
 上に建てられていた物である事がよく分る。
  従って死体焼却の為の場所は、ビルケナウ強制収容所の何処を調
 べて見ても存在しない事は明らかである」
 
 

●宗教集団、自らの悲劇

 では600万人で無くても強制収容所で出た犠牲者はどの様にして亡くなった野であろうか。
チクロンBがチラミ駆除剤として多く使用されていた事から分る様に、収容所の中には多くのシラ
ミがいたのである。そのシラミが媒介となって発疹チウスが伝染し、弱っていた人々を死に追い遣
って行ったのであろう。
 因みにアンネ・フランクもアウシュヴィッツ強制収容所に居た。戦争末期ソ連軍がこの地裁に迫
った時、独逸軍は其処に居た多くの人々を列車に乗せて自国内へと避難させた。アンネ・フランク
はベルゲン・ベルゼン強制収容所においてチフスで亡くなっている。ハノーバーの近くにベンゲン
・ベルゼンの強制収容所の跡が残っているが、その入口にアンネの写真と共に明確に彼女がその病
気で亡くなった事が示されている。
 では何故アンネに限らずユダヤ人達は独逸軍によってチフスを治して貰えなかったのか。。独逸
軍が彼等を拒否したのか。そうでは無くユダヤ人達が拒否し続けた野である。何故か?
 彼等の宗教の経典『タルムード』の中に

 「偶像礼拝者や異教徒からの医療的な助けは避けなければならない」
 (Pesachim 25a)

 宗教集団の愚さ、そして怖さが此にある。悲劇はかくして起きたのであった。
 さて、カナダに於ける裁判アーンスト・ズンドウルの裁判に話を戻さなければならない。フレッ
ド・ロイヒターの裁判所に提出した証拠書類としての報告書に依って彼は無罪に為ったのだろうか。
 彼は無罪所か1988年5月、懲役9ヵ月の判決を受けている。そして彼はそのまま刑務所に繋
れた。何故か?
 彼の本は完全に正しいと証明された。特にフレッド・ロイヒターの報告はズンドゥルの本が正し
い事を十二分に証明していたと云うのに・・・。
 この裁判が始った頃、ロン・トーマスという裁判官は居並ぶ陪審員達に次の様に言ったという。

 「理性的人間ならばホロコーストがもはや疑問の余地の無い事を知っ
 ている事だろう。どうか公平な裁判で陪審の任務を果して頂きたい」

 被告を弁護する弁護士側には大きな衝撃を与える物であった。何故ならばアーンスト・ズンドゥ
ルを弁護すれば為る程、弁護人は非理性的な人間出あり、非理性的弁護をしていると陪審員に映る
様に為ったからである。
 カナダでも独逸と同じ様な法律がある。だから裁判官の当に暴言と言われる様な言葉が罷り通る。
被告は本の内容が正しいと認められた賭しても、ユダヤ人達に「精神的傷を与えた」として有罪と
為るのである(どちらが精神的傷をつけているのか。180度逆である事を認識しなければ、完全
に残虐な国家が作成されるでしょう。正義が通らない社会をユダヤ人が作っている傍証の1つで
す!忍)。
 これがカナダである。日本人にとってカナダと言えばまだまだ、ロッキー山脈を思い出しナイア
ガラ瀑布を思い出す人々が多いだろう。しかしその様な美しい自然とは裏腹に、カナダは完全に変
貌を遂げてしまっている。
 
 

●マルコム・ロス事件

 カナダでの裁判のもう1つはマルコム・ロス事件であろう。
 マルコム・ロスはカナダの東部、ハリファックスの近くにあるモンクトンで身体障害を持った子
供達を教える高校の教師である。彼はその仕事の合間に数冊の本を書いた。
 その内容はアーンスト・ズンドゥルと同じ様に、果して6百万ユダヤ人の虐殺は本当に有ったの
だろうかと云う疑問、或いは証明である。その他には、ユダヤ人達は聖書で云っているユダヤ人で
はなく、カザール人で有る事を多くの文献を通して人々に訴えた。
 彼は直ちにアシュケナジー・ユダヤ人達から訴えられた。この裁判も数年に及んでいる。
 マルコム・ロスは学校の教師であったという事から、この裁判は新たな展開を見せた。
 裁判の最中、盛んにユダヤ人達はマルコム・ロスを解雇する様にと教育委員会に迫った。この様
な教師を置いておく事自体が問題であると言続けたのである。しかし、表現の自由が憲法に於いて
保証されている事もカナダに於いて事実である。ユダヤ人に対する精神的圧迫かそれとも表現の自
由かの衝突となった、
 やがてその地方の教育委員会はマルコム・ロスを解雇する必要はないと結論づけた。
 彼は本の中に書いている様な内容を自分の教え子に一度として教えた事も無いし、マスコミが子
供達にインタビューして廻ってもマルコム・ロスの評判は最高であった。
 この様な事から地方の裁判所はマルコム・ロスは無罪という判決を下した。
 しかし裁判はこれで終った訳ではない。アシュケナジー・ユダヤ人達は直ちに地方の最高裁判所
に彼を訴えた。彼だけではなく、彼を解雇する必要はないという結論を下した教育委員会もを訴え
たのである。
 カナダのニュースを見るならば、このロス事件が繰返し取上げられている。勿論それも公平な態
度に依るのでは無く、マルコム・ロスの弁明は一切取上げられず、アシュケナジー・ユダヤ人達の
訴えだけが取上げられている。
 日本人からすれば奇々怪々であるが、カナダに於いてはこの様な事が罷り通っている。何故か。
 新聞の資料を見て頂きたい。真中に「憎しみ」と書いてある。これは一般の新聞で有る。アシュケ
ナジー・ユダヤ人達の共同体の新聞出はない。憎しみを込めてマルコム・ロスを訴え続けるのであ
る。この様な新聞は枚挙に暇がない程出ている。
 
 

●世界ユダヤ会議会長

 カナダという時、エドガー・ブロンフマンを抜きにして考える事は不可能である。彼は世界ユダ
ヤ会議(WJC)の会長で有る。世界ユダヤ会議はアシュケナジー・ユダヤ人達の団体出逢って、
スファラディ・ユダヤ人達の世界会議は又別にある。繰返し述べている様に、カザール人であるユ
ダヤ人と、本当に血縁的にユダヤ人である者との間には大きな溝が出来ている(この考えは、ユダ
ヤ人が喜ぶ考えである。計画犯人は、悪魔ダビデで有り、主犯がロスチャイルド系列であるから、
ロスチャイルド自身が、純粋なユダヤ人であるからこの区別は大いなる過ちの道に走るのである。
要するに正統な神エホバが率いているユダヤ教無視している点で、全て同じムジアナに入っている。
正統なユダヤ教を率いているのは何処にあるかという事で、日本にある日本神道を受継いでいる千
乃正法で有る!忍)。
 カナダの首相はマルルーニーで有る。このカナダの首相よりもエドガー・ブロンフマンは強大な
力を持っている。カナダは彼に依って動かされていると云っても過言では無いだろう。
 1985年12月、彼はモスクワの帰途ワルシャワに立寄り、ヤルゼルスキ国家評議会議長(現
代等量)と会談した。その会談が終った頃、国賓の泊る豪華な迎賓館で、自由主義国(西側)記者
に向って次の様に語っている。

 「我々はヤルゼルスキに、西側に接近するにはどうしてもエルサレムを
 通過しなければ為らないことを強調したかったのだ。東ヨーロッパ諸国
 の中でルーマニアとハンガリーがアメリカ政府から関税面で最恵国待遇
 を受けているが、この2つの国々がユダヤ人及びユダヤ問題の取扱いで
 比較的良好な記録を残している事と密接な関係がある」
 (東ヨーロッパで最も残酷な共産主義支配をした国は、ルーマニアであ
 った事を思い出して欲しい。そして、ポーランドは、カトリックで反ユ
 ダヤ主義国の代表であった。しかし、この会談の後EC結合が出来、政
 治の部分がユダヤ系統が最大になっている!忍)

 アメリカに於けるユダヤ・ロビーの立場を露骨に誇示した発言である。この延長線を辿ると、今
アメリカが何故ポーランドに接近して行くのかが分る。当時東ヨーロッパ共産主義国を初めてアメ
リカ大統領として訪問したのは、ブッシュである。ブッシュはまずポーランドを訪問し、そして経
済援助を申出た。更にポーランドに於いては1989年8月19日、共産党ではない政府が出来上
った。しかし、ソ連もそれに対しては無言であった。
 覚えて頂きたいのはブッシュも3極委員会(TC)の会員ならば、ゴルバチョフも3極委員会の
旧東側代表であると云う事である(この辺りは、鬼塚著「フリーメーソンの戦略」で読んで欲しい
です!忍)。ブッシュはポーランドからハンガリーに行った。当時、ポーランド・ハンガリーは所
謂旧共産圏にありながらペレストロイカを強力に押し進めている国であった。3極委員会の新聞等
はこれを賞賛し、新しい時代の幕開けであると言続けている。良く考えれば、その全ての下地はブ
ロンフマンに依って作られていた事が分る。
 世界ユダヤ会議の会長の言葉が、その働きが、如何に強力で有る事か。
 ブロンフマンは勿論一人の民間人である。しかしポーランドの国家評議会議長、旧ソ連(現ロシ
ア)のゴルバチョフ議長、更には、イスラエルの首相等と差しで会う。
 
 

●ブロンフマンの父

 ブロンフマンの父はサミュエル・ブロンフマンといった。サミュエルはカナダに本拠地を置く世
界一の酒造会社シーグラムの創設者である。父サミュエルが酒造会社を起した当時は、1920年
代で、アメリカでは禁酒法が適用されていた。アメリカでは酒を作ってはならないと云う法律であ
る。作ってもならないし、輸入してもいけないと云う法律であった。
 この法律の結果、サミュエルは膨大で富を築く事が出来た。カナダとアメリカの国境を越えて密
輸酒を次から次へとアメリカに(不法で!忍)送込んだのである。この頃アメリカで活躍したギャ
ング、アル・カポネはシカゴを本拠地としていた。このアル・カポネ等に密輸酒を送込んだのがこ
のサミュエルである。
 それから僅か60年、今やその息子がアシュケナジー・ユダヤ人達の世界会議の会長にまで伸し
上ったのだ。この60年の意味は非常に深く、かつ重い。
 二つのカナダに起きているアシュケナジー・ユダヤのホロコーストに関する裁判が、如何に真実
を述べようともねじ伏せられる事実がこれに依って分るであろう。カナダは完全に変質してしまっ
たのである。カナダに於いてそうならばヨーロッパに於いては如何程だろうか。今やこの虚構がヨ
ーロッパを動かしているのである。
 
 

●絶滅命令はなかった

 「ヒトラーの戦争伝記を全面的に書くには、誰がこれ(強制収容所)
 を云い出し、誰がこれに荷担し、誰がこれを遂行したかと云う重要問
 題に対するもっと分析的な接近が必要であると私は思った。
  注目すべき事に『ユダヤ人問題の最終解決』に於けるヒトラー自身
 の役割は、これまで検討された事が無いのを私は知った。独逸の歴史
 家は他の主題(テーマ)ならどんな物でも入念にテストして診て、ど
 んな仮説でもあらゆる角度から検討しないと受入れない典型なのに、
 ヒトラー問題となると突然とんでもない盲点を示し、見え透いた事を
 言い、伝説を作り、一片の歴史的証拠も無いのに罪を擦り付けるのだ
 った。
  英国と米国の歴史家がこれに習い、他の著述家がこれを引用した。
 過去30年(今現在は約57年!忍)、残虐行為に於けるヒトラーの
 役割について、我々の知識はこうした歴史家相互の馴合いに因る物だ
 った」(『ヒトラーの戦争』)

 デイヴィッド・アーヴィングは歴史家として、ヒトラーであろうがユダヤ問題であろうが、常
に公正に取扱わなければならないと提唱し、今も彼の態度は変らない。
 しかしデイヴィッド・アーヴィングがアメリカで或いはヨーロッパの何処かで講演をしようも
のなら、その講演会場には忽ちシオニスト・ユダヤ人の見張り(ピケ)で玄関が埋り、掲示板(
プラカード)で出席者は入る事が出来ない程の圧迫を受ける。ホロコーストについて語る者は、
仮に真実を語っていたとしても、それは悪であると云う烙印を押される。
 それでもアーヴィングの講演は続いているが、ある時彼は講演の始りに次の様に言った。

 「私は何処にも偏っていない。真実を語る事のみが歴史家としての仕
 事であると心得ている」

 これを受けるかの如くに反シオニスト・ユダヤのユダヤ人マーク・レインは次の様に語った。

 「ヒトラーはユダヤ人絶滅命令を一回として出していない。彼が部下
 に命じたのは追放する事のみであった。そのユダヤ人追放が大量に達
 した時、彼は当時のユダヤの指導者であったワイツマン(後の初代イ
 スラエル大統領)にある取引を申出た。ユダヤ人達をそちらに渡す代
 りに独逸への経済援助を求めたのである。
  しかしワイツマンは其れを断った。ユダヤ人達が迫害され、或いは
 殺される事に因って、其れがイスラエル建国の発条(バネ)と為り、
 また戦争後のユダヤ人達が世界に主張していく時の発条になると、彼
 はハッキリ答えたのだ」

 マーク・レインはこの様な事は多くのユダヤ人達の知っている処であると話していた。。
 (その後、メーヤー教授の反共主義批判展開しているのを文として載せているが、自分は、共産
主義は、ユダヤ人の解放理論である事を指摘し、シオニスト・ユダヤの仲間の1つである事を指摘
します。共産主義も、タルムードから出来た思想の1つであるのです。宇野氏はタルムード批判を
展開しながら、タルムード思想を受入れているのです。ユダヤ人は両立主義を行っているのです。
これを気付いて欲しいのです。只、イスラエルはユダヤの本家では無い事を指摘すれば正しいの
です。全てユダヤ人が信仰しているユダヤ教の主であり、悪魔であるダビデが、真のユダヤの神で
あり天帝のヤーベがいらっしゃる日本を失脚し天上界を乗っ取る目的で作ったのがタルムード思想
であり、その子のユダヤ共産主義思想なのです。それを理解して欲しいのです。反ユダヤ・イルミ
ナティマルクス共産主義こそ正しい人道の道を歩むのです。今現在は、世界は真の神を否定し、悪
魔を正当化しているのです。真の神の意志は、全ての宗教団体を解散の方向に走っているのです。
ましてや、悪魔ダビデが作ったユダヤ教全ては完全に解散する方向が正しいのです。ユダヤ教が正
統に受継いでいるのは、イスラム教の歴史であり、更にユダヤ教系列を含んで全ての宗教の真の正
統を受継いでいるのが千乃先生の「千乃正法」なのです。正しいのは神の法である「教育勅語」と
真の意味の愛のある「10善戒」を提言して、正しい法を基づいて宗教の歴史を歩んでいる団体を大
切にしなければならないのです!忍)
 
 

●ホロコーストは宗教

 ユダヤ人達にとって最も恐しいのは、実は同胞なのである。何故か。宗教集団だからである。ユ
ダヤ教の『タルムード』についてもさる事ながら、今やホロコースト自身が宗教と成っている。こ
れに異議を唱え、真実を言う事は宗教集団の同胞から反撃を受けるのである。
 1986年8月17日、「エルサレム・ポスト」の中でシェマエル・クラカウスキーが興味有る
事を語っている。
 彼はヤッドバシェムと云うエルサレムにある虐殺記念館の記録保管所所長である。つまりホロコー
ストを最も立証しなければ為らない立場の人物であるが、彼はその新聞の中で明言している。

 「ヤッドバシェム(虐殺記念館)にあるホロコースト生存者から得
 た二万件の証言の内半数以上が『真実性の無いもの』で有り、ナチ
 戦犯裁判に使われた事は決してないと、ヤッドバシェム記録保管所
 長シェマエル・クラカウスキーは本紙に語った。
  クラカウスキーに依ると『歴史の一部』と化したがる多くの生存
 者は、彼等自身の想像に耽ってしまったのではないかと云う。『多
 くの人々はその残虐さを証言する場所に自ら行った事は無く、又一
 方では友人や航行者から聞いた情報を当にしている』と彼は述べて
 いる。
  『ファイル上の多くの証言は後に不正確と証明された、と云うの
 も証言の場所、日時が歴史学者の査定を通過しなかったからである』」

 これは当に驚くべきユダヤ人同士の了解事項ではないか。
 
 

●狂信的ユダヤ民族主義

 アメリカの作家にしてユダヤ人であるフィリップ・ローペイトはその随筆の中で次の様に語る。

 「ホロコーストが時にはエリー・ヴィーゼル(ノーベル平和賞受賞者)
 が率いる1つの企業の様に思える時がある」
 「ホロコーストは純粋で且つ単純にユダヤ人殺しそのものとして見られ
 る必要がある。誰もが我々ユダヤ人に指一本触れる事が出来なくなった
 のも、ホロコーストのお陰である」
 「この皆殺しにされかかった事をも誇るというのは、『今後は選民は大
 いなる災いを受けるべく選ばれた』という神の契約が別の形を取った物
 ではないかと考えざるを得ない程である。そうで存るなら、ホロコース
 トと云うのも狂信的なユダヤ民族主義の1つに過ぎない事になる」
 「これに因って、我々は世界の中で道義的に名誉を帰せられるべき人々
 の中でも、ある種の特別の立場を与えられている」(何を言いたいのか
 分らない。道義の徳目の中で「嘘をつかない」という徳目がある事を忘
 れている!忍)
 「ユダヤ人がホロコーストに夢中になる物の、その他の人類の惨禍につ
 いては一顧だにしないその姿勢は、情に掛け、自分の事だけに無我夢中
 である上に独善的で且つ図々しい」(「NEW・AMERICAN・V
 IEW」)
 当にそこにあるのは、真実そのものより「ユダヤ」だけである。
 
 

●参考HP:

●参考文献

宇野正実著『見えざる帝国ー1993年、シオニスト・ユダヤが世界を支配する』ネスコから抜粋