今月は非常に重要な内容の証をしなければなりません。
実は私が千乃様宅でサタン・ダビデ、即ち、私の双子の弟、エル・ダビデ・カンターレ子爵を(後にエル・カンタルーネ王として即位、死後サタン・ダビデに変身)その野望と悪業の数々のゆえに、その妻ヘラ(エル・エレナ)と共に、1978年2月13日、午前12時30分に、天とサタン勢の二度目の死闘の中に、私の手で滅ぼしました。その後高橋信次氏の裏切りもあり、それについては「天国の証」に群述してある通りです。
それは実は二度目の闘いで、サタン・ダビデを滅したはずが、再び悪の軍勢をかり集めて千乃様を襲って来たがゆえに、最終決戦となりました。そしてサタン夫婦を滅した後、私は自殺を装い、その後のサタンの生き返りを警戒して姿を隠し、色々な場所や国を廻り、秘かにサタン夫婦の出現を見張っていたのです。霊として生きていた間のサタン・ダビデの跳梁凄まじく、天と地上の支配を望み、人心を巧みに操って、ヤーヴェ(アッラー)の唯一神を奉じるイスラム教、ユダヤ教、キリスト教と呼ばれる三大宗派も、ダビデの介入しない箇所はない位、善と悪の両面を一人演じて、救世主と悪魔の双方をあくどく装って見せたのです。時にはミカエルを、他の時には私の代りにヤーヴェと名乗り、人々の前に現れる。時にはガブリエルやラファエルを。その結果、天と人との調和した信仰の世界は、サタンの悪意の誘導の下に残酷な戦いの場面に変じ、異教徒への迫害と変る。時にはキリスト教徒の迫害となり、天を信じ、従おうとする者に特に周囲の権力者の無理解と苛酷な扱いが生じるように計ったのです。
日々神の恵みの下に生きんとて総てを神への献身と祈りに捧げ、神を信じる事は天に於て何の栄光にも栄誉にもつながらず、天に於ける霊の死のみであるとは誰も想像し得なかったでしょう。永遠の生命を天の物としてひたすら祈り、天に尽くし、求めたものが、サタンによる自らの魂の殺害であるとは誰も考えず、又、一生を人々の救済に捧げた偉大なる魂、ブッタ様やイエス様までサタン・ダビデに次々と殺害され、天を支配するものは天の王である私、ヤーヴェ、エホバ、エル・ランティではなく、サタン・ダビデであるとなれば、地上の人々の未来は真の闇の世界にすぎなくなります。決してそうあってはならない。
天の王として、私は地上と天の善なる魂を救わねばならない、と強く決意しつつも、サタン・ダビデは私の双子の弟であることが、長期に亙り、憎しみと裁きの手を鈍らせ続けました。この千乃裕子様は私に決断の機を与えて下さったのです。飾らぬ心と善悪に基く判断と曇らぬ正義の目で、ラファエルと共に、私の決意を促し、進言して下さったのです。この真の破壊者を滅さねば、天は法の下に真理に生きること価わずとーー。長くなるので省きますが、その折の心情は「天国の証」に書きました。
しかし既にサタン・ダビデはカール・マルクスをして共産主義思想を生み出させ、悪の種を世界中にまき散らし、増殖させた後、遅きに過ぎた私の断首でようやくにその悪なる魂の死を迎えたようですが、その間にダビデを上廻るサタンが共産主義者の支配層を呈しております。この混乱と破壊の世が生じるに至ったのは私一人の責任です。しかし自殺は何の解決にもならぬ事を熟知しており、私の責任に於て世の正常化を計るべく、人知れず数年に亙り努力を続けました。
その間に岩間文彌氏と七大天使の協議により、一連の天国シリーズ続編が出され、しかし学識者や当時の善霊達は、モーセ様も含めて殺されており、七大天使は断片的な記憶と情報に基き、助言を致しました。(愚かなキャラバン隊員は、使命感に欠け、S(スカラー)波防御作業に互いの協力なく、協議もせず、只千乃様を警戒するのみで役に立たず、ゲリラは手を変え品を変え、千乃様を眠らせ、口述筆記を阻止しようとします。)異常に事を困難にしたのは、実は私はヤーヴェ名を継承しておりますが、四代目であり、エル・ソラッティア王(私の父)が三代目、モーセ様の時代のヤーヴェであり、二代目ヤーヴェからの引き継ぎなど総て亡きエル・ソラッティア王によらねば、正確な史実は得られないのです。特に大天使達はサタン・ダビデの策謀を阻止し、私と善霊達との意志の疎通を計るに忙しく、又、天使名も継承され、その間にサタン・ダビデの先代の大サタン(ベー・エルデを支配していた者)が追放されて、やはりこの地球に来ておりました。古代の残虐な民族性や、マヤ・アステカ文明などの野蛮で残酷な民族の習性は悪霊として、長く生き延びたこの大サタンによるものなのです。
ダビデは恐らくこの者に手引きをされたのでしょう。地上を支配した王が天にて被支配者になることは自尊心が許さなかったのです。そして大サタンはいつの間にか消えましたが、あらゆる奸計を練り、「悪の王国」の総合プランを完成した後、一人の王として支配権を獲得する為、ダビデが殺したのでしょう。
私が四代目のヤーヴェとして天を治めるべく王位を継承したのは、紀元前二年、(B.C.二年)です。それと共に七大天使も世帯交代をしたのです。
更に霊の世界と宇宙船や宇宙飛行士の世界とは協力しつつ、お互いに異次元の世界であり、善なる者には善霊が、悪なる者には悪霊のそそのかしがあったこと。しかし一万年前後の古代文明は、大サタン出現までは、のどかな善の世界であったことをお教えしておきましょう。古代史はそれを証明しているはずです。
天の者に取り、真に喜ばしい事ですが、此の度漸くにして『天の奇蹟』下巻が発刊の準備が進み、此のメッセージが掲載される頃には印刷が完成、いよいよ発行と云う事に為っているでしょう。
上・中巻と同様に、完璧に近い下調べと推論と感動的文章で、岩間文彌様が本文等を緻密に纒めて下さり、解答部分を私が受け持ちました。只一つ、其の中で書こうと思いつつ、書き落とした事があり、後書きの附記として千乃裕子様に付け加えて頂きましたが、私の方もこちらのメッセージに証して置きたく思います。
聖書の新約部分は、”罪人”と言われた人々の救いと”病人の癒し”が主となり、”信仰”と”寛し”に因って、”目には目を”の教えに依る復讐に傾く矛盾の解決を齎らすものでした。
其の”罪人”と”病人”に関するもの、”健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。私が来たのは、義人を招く為では無く、罪人を招いて悔い改めさせる為である”の中の特に罪人の条りは、実は悪魔ダビデによるもので、中世の悪魔教に由来する社会主義及び共産主義へと発展させたのも、ダビデの悪魔の王国を培い、神の国を滅す遠大な計画の基礎となる布石でした(違う。罪人が真に悔い改めて善に目覚めれば、悪魔王国は出来ない。悪魔王国を作る事は善に目覚めていない証拠であり、其れは悔い改めていない証拠でもあるのです。そして、此処の句では、千乃先生の解釈である善人は社会に必要としないとは云っていない。此れは、救世主の定義を指している。要するに悪人を善なる心に真に悔い改めさせて許すべき人は許し、裁くべき人は裁く権限を与えている。善人に対しては、其の儘、社会に対して歩めば、天の国に歩めるから、説く必要が無い
事を云っているに過ぎない。基督教の悪魔ダビデの布石は違う。基督教の教え其の物が悪魔教の教えである事を自覚して欲しい。イエス様は自分の十字架に掛けて悪魔の教えを説いたのです。其の部分は「法華經」で説明している!忍)。
丁度千乃裕子様の下に、昭和52(1977)年4月、私達がエル・ランティ様共々、GLAから移って来た頃、悪魔ダビデ自身の王国作りは完成間近で、天国シリーズに先駆けて高橋佳子の現象を通じ、『真創世記』第二巻天上編及び第三巻黙示編をGLAの三流作家が編纂、出版させました。第一巻は地獄編で、ミカエル様の現象と指示の下に編集されたものです。
其の後、昭和53(1978)年2月辺り迄、高橋信次氏の後を継ぎ(確かに高橋信次の後を継いだけれど、ブッタ様の後は未だ継いでいない。高橋信次氏は、仏教の最高法典である「法華經(聖なる蓮の花の教え)」を説いていなく、「般若心経」だけで終わった!忍)、ミカエル佳子と改名した高橋佳子がGLAを主に指導するに及んで、サタン・ダビデと其の輩下が、ミカエル佳子及びGLAに関係する者全員を支配し、”サタン(悪魔)の宣言”等と云う霊言を発表したりしておりました。
私達は其れを耳にし、内容を目にしても、GLAのみの王国と高をくくり、軽視しておりました(此の意味が分からない。当時の発表は、「天国の扉」、「天国の証」で、悪魔ルシファの計画は、全て悪魔ダビデが指導したとの話であった筈です。過去の歴史の中の悪魔ルシファが行った内容を考慮すれば、GLAのみの王国と云う言葉は表現出来ない筈です。逆に、此の甘い考えが、今の正法の潰滅状態になったのです。そもそも、正法を開いた当時から、「超科学的分野の物理学的解明」という霊現象の科学解明にメスを入れるのが千乃裕子先生の使命でもあるのです。此れ全て出さないと、千乃先生の防衛は完璧にはならないでしょう。霊体自身も、行動を起こす事が出来るから。かと言って3次元の武器内容も無視する事が出来ない。要するに、此の攻撃が霊体からの攻撃か、又は3次元の武器の攻撃かの区別の判断の理由が必要がある。千乃先生は霊脳者である。此れは重要な概念である。此れは、脳の中にアダプター入っている状態と全く同質である事が重要な点である。此の意味で3次元の武器で操る事も出来る可能性があるが、同時に霊体が物理法則を悪用する事に依って攻撃が出来る。此の点が今の正法者の見落としている点である。「超科学的分野の物理学的解明」の出版を早く行う必要がある。此れはエル・ランティ様の警告でもある。そして完璧な防御体制を作らなければならない。要するに仕事をさぼっているだけの話です。もう一つ疑問は、ガブリエル次期大王は、イスラム教の責任者であるのです。イスラム教徒の生活態度が悪いとの話になると、其れはガブリエル次期大王様の指導が悪いと云う結果なのです。其れなのに、ガブリエル次期大王様がイスラム教との関係が無関係の様なお話を為されている?分からないのは、此れは天上界全体に云えるのは、いつも他人事の様な話を為されている!忍)。そして此の度岩間文彌様の聖書研究と、知る限りの私達が経て来た基督教の歴史及び世界の共産主義攻勢の有様、自由主義国の荒廃と危機に触れ、諸問題の関連が明らかになるにつれて、サタン・ダビデが”王国”と誇らし気に宣言したものの純ましい全容が姿を現したのです。[イエス様を通じての悪魔ダビデの布石!!”義人はいらない。罪人を救う為に来た”と云う言葉を補い、イエス様の教えを徳高く、慈悲溢れる”寛し”の教えとされたのはエル・ランティ様(エホバ=ヤーウェ様)で、其れがダビデの奸計を巧妙に隠蔽、助長するものとなり、悪魔の思想の温床となりました。(ブッタ様が親鸞上人に言わせられた御言葉ー”善人なをもて往生す。まして悪人においておや”も、実はダビデの言葉でした。)](そうかもしれない。いや、親鸞上人そのものがダビデが起こした宗教かも知れない。取り敢えず、千乃正法は、当時仏教の正統性あった日蓮が説いた法華經を批判し、親鸞の方を正統性を持たせた。仏教の正統性は「法華經」である。真宗大西派の系列は、日本共産党支持者多いし、過去やたら一揆活動したグループですから!忍)。
其れは手が付けられない程に蔓延した病状の如きもので、私達が果たして喰い止めるに効果的な手を打てるのかどうか、今も確信は無い程悪化した病状なのです。
サタン・ダビデの築き上げた王国を突き崩し、瓦解させるには一に、3次元の世界諸民族の自覚と協力が必要です。
然るに今何れだけの人々が末世を末世と気付き、諸国、否、人類全体が地球の終末と云う滅びに向かって歩みを速めつつあるか、自覚しているでしょうか?
事は自然破壊や核戦争の脅威と云った副次的なものでは無く、人類が悪魔的な世界を選び、無自覚に善を滅し、預言者を殺し、再びイエス・キリストを十字架に付けて悪の指導者に従い、自らも滅びようとしているのです。(4月5日 口述筆記 千乃裕子)
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今月は驚くべき事柄を知らされましたが、以前に私がロック・ミュージックとして、ビートルズ程度のものは好ましいがーーと発言した責任上、触れずには済まされないので、矢張り取り上げる事にしました。
私自身麻薬に就いて興味がある訳では無く、又、ビートルズの曲の一つ一つに就いて歌詞を研究したと云う事でも無いので、ジョン・レノンと小野ヨーコ夫妻が一際享楽的な生活を送っているとは聞いておりましたが、此れ程退廃的で腐ったリンゴの様な曲を作り、演奏していたとは知りませんでした。
矢張りリベラリズムを提唱する様な人々は、表面的に人を惹き付けるものを多く持っていても、サタンに仕える邪道を歩む者であり、神の光を喜ぶ者には無縁で、避けて通らねばならぬ類いの人々である事をはっきりしました。ヨガの行者に遭い、神に背を向けた時から、ジョン・レノンは悪魔の誘惑に屈し、リベラリズムから人間のあらゆる退廃を喜ぶ共産主義へと墜ちていったのでしょう。美しい曲を書ける才能を持ちながら、悪魔に操られる青年として生涯を閉じた事は、哀れな運命だと言わざるを得ません。
私自身が神の使いとして天上に住みつつ、悪魔の歌を満更悪くも無いと感じていた事は真に恥じ入るべき事です。心からお詫び致します。
貴方方も、常に心して、サタンの甘い言葉と囁きに惑わされぬ様理性と知性を駆使し、智慧の楯により、自分を守って下さい。神に従い、神の道を行こうとする者には、必ずサタンが忍び寄り、誘惑の手を差し伸べます。昔は天使も墜落せしめられた者でした。ましてや天に今住んでいるのではない、しかも神の戦士である貴方方への惑わしは、想像を越えて遥かに多く、片時も警戒を緩めず、悪魔の企みを鋭く見抜く智慧を働かせて罠を避けて通らねばならないのです。
罠はどの様な形で仕掛けられるか、一例としてお教えしましょう。英語を学ぶ(興味のある)人なら、必ず一度は手にする『タイム』(CNN放送系列!忍)と云う英文週刊誌がありますが、此れははっきりした目的で左翼編集人に依って発行されるもの。いかにも公正な内容に見えますが、中道報道関係と同様の手法で、英語で表現すると、”Liberal
and Soft on Communism”の雑誌と云う事になるのです。91ヶ国で発行し、600万部売るそうですから、共産主義を伝播する悪魔の謀略は、魂の奴隷である人間の手を介して限りなく広がろう
としているのです。『タイム』のみならず、『英文毎日』、『ジャパン・タイムズ』等、日本人の編集による英字新聞も総て左傾し、英語を通じての文化交流は、国際共産主義が自由陣営の言論の自由の扉を閉ざしているのです。其の行き着く所が何処であるか、貴方方には良くお判りでしょう。(5月15日 口述筆記 千乃裕子)
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厳しい師でありながら、慈愛に満ちて、真に許されねばならぬ人の罪を許し、自らを神の前に贖罪の生贄として捧げられたイエス様の生涯と死に就いて、思い出さずには居られ
ないイエス様誕生の月12月、そして生誕の日クリスマスが再び近付いて来ました。
其れは一重に栄光に満ちた誕生でありながら、モーセ様によりエジプトの補囚の民が救い出され、乳と蜜の流れる地カナンへと導かれ、エジプトに代る定住の地を与えられつつも、神の愛を忘れ去った、ユダヤ人の贖罪として定められた生であったが為に、私達天の者に取っては何時迄も暗い悲しい思い出でしかありません。真実は其れが私達の心を救うものではなかったのです。
此の悲劇は天の父エホバ様の弟であり、悪魔ダビデと化した者が巧みにエホバ様を説得し、計画した壮大なドラマに過ぎず、つぶらな瞳の小さな羊や山羊や小鳩を、無意味な供物や燔祭として殺し、其の血を流して肉体を持たぬ神に捧げると同じ結果しか齎しませんでした。しかも小羊等の肉は人々の糧となり得たかもしれませんが、イエス様は何の糧になられたのでしょう? 狂気の如く神への復帰を訴える切っ掛けを与えるかもしれません。しかし象徴的にユダヤの主として神から民に与えられても、民はこぞって其れを受け入れた訳では無く、神の側からは民の最も大切なメシヤを取り上げた事により、贖罪が行なわれたと解するのも良いでしょう。しかし民の側からは彼等の供物としての現実感は無かったのです。
凡そ犠牲による、血を流す供物や燔祭の儀式は、血の臭いに満ちた、常軌を逸した礼拝であり、人の理性を狂わせてしまうものである事に目を向けて見て下さい。イスラエルの宗教の供物に伴う必然的な事柄が、動物を殺して血を流す事であり、祭壇に其の血を注ぎ、塗り付ける事であり、供物無しに礼拝は許されなかったと云う所に、神の美名の下に悪魔的なものを厳存した点に注目して頂きたいのです。
”汝殺す無かれ”と、戒められた天の父が、犠牲を供物として殺し、血を流すのを聖為る儀式とされるのは、正常な解釈では矛盾しているのです。慈愛に満ちた神が何故イエス様の殺人を黙認なさったか。血生臭い礼拝を喜ばれるとされたのは何故か?其処に私達の証した天の悲劇ー天王エホバの最も近き所に悪魔ダビデが居り、しかも天王を自らの意に従わしめていた事が証明されるのです。私達が如何に天王に逆らえましょう。
其の為に神の光を求め、愛を従う人々が、悪魔の教えを身に付け、流血を何とも思わない、異端者を火刑にする基督教会や共産主義思想の基督者や、「聖戦(ジハド)」を口にして好戦的なイスラム教徒を生み出す事になったのです。
最早基督教の歴史は贖罪の意味さえ伴わない流血の歴史としてしか存在しなくなりました。イエス様の十字架の贖罪がある限り、其れを信じる者を狂気の道から呼び戻し、私達真の天が説く、良識的で正しい人生を歩ませるのは、不可能に近くなったのです。
此れはクリスマスが近付く度に、私達が思い出さずには居られない暗い過去の物語であり、彼等に救いが無いと云う点に於て、希望の無い未来でもあるのです。
(11月22日 口述筆記 千乃裕子)