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身はいかに、なるともいくさ
とどめけり
ただ倒れゆく 民をおもいて
この一命を捨てきる御覚悟で”終戦”を御決断下さった故陛下は、爾来44年間、一人の国民も責められず、一言の弁解もなさらず、崇高なる道徳的見地に立たれ、戦争責任を自覚し続けられ、そのまま崩御されたのである。
この崇高なる道徳的見地を理解出来ぬ人達が、繰り返し戦争責任を追及するのであろう。
さてそこで日本国民として確と覚醒せねばならぬ事がある。
それは即ち、昭和天皇に見習い、私達国民が道義的次元に立ってみれば、最初から戦争がなさる気持が全然おありでなかった故陛下を開戦に追い込み、極限の苦悩を与えたものの責任はどうなるのか?という大変な課題が残されていた事にである・・・。
昭和天皇は、東条首相の意思や軍部の圧力に屈して戦争を始められたのではない。国民全体の意思の決定を尊重して、これを御自身の意思とせられたと言う事である。従って、故陛下が開戦の詔書に署名せられた行為の意味は、全国民一人一人にかかっているのである・・・。
つまり、当時の世情は、対日禁輸ABCD包囲陣等により、無資源国日本の自滅は必至であり、戦争に訴える以外に打開の道はない事態に追い込まれ、国民の側が開戦はやむを得ないと信じており、その全国民の意思を故陛下が代表されたという事である(だから自衛戦争である。それ以上それ以下でもない。何故に日本国家を戦争責任として追及するのか理解できない。むしろ当時の欧米のあり方に戦争責任の追及があるのではないでしょうか!忍)。
如何にその時代の軍部やマスコミの煽動があったとしても、それに圧倒的多数の国民が同調したという。この紛れもない事実にこそ故陛下の開戦の真の原因があり、そこに国民も、人間として本来あるべき道徳的見地に立てば、故陛下に対しての戦争の道義的責任を自覚せねばならない理由が厳然と存在しているのである。
それ故に、今度の「即位の大典」を前にして、天皇への関心は益々高まるであろうから、この機会を逸することなく、壱日も早く”天皇の真実”に目覚め、国民の総意を結集し、「昭和天皇へのお詫びと感謝報恩」を、新天皇=明仁陛下を通して表明する事が現下焦眉の最重大事と確信する。
そこで「感謝報恩」の具体的方法だが、あの大東亜戦争に際し、昭和天皇は一命を捨てる覚悟で終戦を御決断を下さり、日本民族を救って下さったのだから、今度は私達日本国民が一命を捨てる覚悟で、故陛下への御恩返しを実行すべきであり、その為には、天皇の御熱願=真実の世界平和、いわゆる神武天皇の日本建国以来の国是「八紘一宇=地球一家=絶対平和世界」達成を目指して、日本国民は一致団結して全身全霊をそそぎ、この史上空前絶後の大聖業に生命を捧げる事をお誓いする事であると考えるのである。
これを実践した瞬間、故陛下は40数年に亘り、更に崩御後も背負い続けておられる戦争責任の重荷を降ろして下さる事になり、昭和天皇の天命が立派に完うされ、真に昭和は終焉し、愛と希望の新しい御代、正しく「平成」時代の幕開けとなるであろう。
今、日本国民が果すべきこの最重要事を実行し、戦争責任問題に真のケジメがついた暁には、国民の道義の大道は定まり、現今の様々な困難な社会問題が、単に解消される方法が明らかになるに違いない。