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日本史について


日本史についての自分の考えを述べています.

ユダヤ2支族の来日(1)

at 2000 12/07 14:39

●ユダヤにおける日本島の初代王ヨブ


 ヨブの日本渡来については、旧約聖書創世紀第46章13節に記された、イッサカルの子、ヨブであり、エゼキエル書第14章14節20節のヨブとヨブ記のヨブと同一人物である。約紀元前1700年にユダヤにおける最初の日本島の王として、エル・ランティ=ヤハヴェ様より使命を受け、この島へ渡来した人である事です。それは、『天国の証』に、天上界千乃先生が明かされた「正法の歩み」に

「アブラハムとその子イサク、イサクの子ヤコブの12人子供、それが12支族の族長となり、エジプトにヤコブと11番目の息子のヨセフとその一族が移住、他は東南アジア、アジアの国々(日本を含む)へ、移動し、日本に移住したアブラハムの孫12支族の内の二つの流れの一つが天照大神を信仰している日本神道に継承されました。」[The same basic doctrine began in Israel with Judaism and branched out into Christianity. The process of development here begins with the founding of the human race by Adam and Eve and continues on through the story of Cain and Abel story of Noah's ark the story of the Tower of Babel the story of the father of the Jewish race Abraham and his son Isaac the story of the twelve tribes the removal of Jacob and his eleventh son Joseph and his trib to Egypt and the movment of the rest of the twelve tribes ti Southeast Asia and the other nations of Asia(including Japan) and culminates in the advent of the history of Christianity found in the story of the suffering of the descedants Jacob's tribe in Egypt.
The two buranches of the twelve tribes of Abraham who settled in Japan created and passed on the Shinto relgion with the Great Goddess Amaterasu as its founder.]

ヨブ記のヨブは、創世記のイッカサルのヨブにヘブライ語の島を加えた合成語であります。それは、「島のヨブ」という意味なのです。
 では、この島が何故に日本列島なのか、と言う事ですが、ヨブ記には、ヨブについて、「この人は東の人の内にて、最も大いなる者」とあり、この東とは、東の島を指していると云う事です。
 イザヤ書にある、「東の地の果ての島々」と同じものなのです。そして旧約偽典「12族長の遺訓」の中のイッサカルの中で、農業を中心に生活するようにと、日本の建国神話である「稲穂の中心に栄える事」と大体同じ意味しているのです。旧約偽典の「ヨブの遺訓」とは、悪魔ダビデが、ヨブがイッサカルの子孫である事を覆い隠す偽典です。これは、ガブリエル次期大王の言葉の中にダビデの霊言と書いてあります[『天の奇蹟』の下巻]。だから「古代日本と七大天使」の中身の修正があります!忍)
 大和朝廷の前身、倭奴(ユダ)王国の神の命による隠蔽政索により、ヨブは、古事記、日本書紀には、天御中主神、天御中主尊、と記載され、これが唐へ伝わると、「新唐書」には、「初主號天御中主」、記載されます。
 初主とは、古代ユダヤ王国における初めての王の事です。
 「隋書倭国伝」には、「夏殷之代 時或来王 曁箕子避地朝鮮」とあり、夏殷の時代と言えば、ほぼ紀元前1700年頃には該当します。
 夏から殷にかけての或る時期に、王としてヨブは島にやって来た。そして、その子は、朝鮮半島に定住したと言う事です。
 そして、同書に、「2代承基」とあり、この2代とは、ヨブとユダ王国後裔を指します。
 古代歌謡、主に和歌に於てもやはりヨブについてヘブライ語で語られ、悪魔ダビデの霊示によるそれは別項にて紹介します。
 最初に挙げる和歌は、ヨブを母音せず、そのままの発音で記されたものとして、注目されます。
 それを、「金槐和歌集」の中から見出す事が出来ました。なお、ヘブライ語訳の中で重複する箇所は割愛しました。
 <金槐和歌集105>喚子鳥 
 あおによし奈良の山なる呼子鳥いたくな鳴きそ君も来なくに

[ヘブライ語訳]
彼は、神である私達の灯火であるところの住みつく者となった。
完遂した者、我が一族としてのヨブである。
我がカナンの島で、王位である彼は立った。私の正しい形造る者故に。

=註釈=
「呼ぶ」、和歌集の「呼(よぶ)」は文字通り母音操作無しのヘブライ音、「ヨブ」そのものです。
 神、法灯を意味する灯火としてのヨブは、ヘブライ民族の一人として、島に王として立ち、住みついた。
 島に王国を形造るべくヨブは完遂した。
 法灯(正法)としてのヨブを示しています。

<萬葉集巻18−4138>
 やぶなみの里に宿借り春雨に隠り障むと妹に告げつや

[ヘブライ語訳]
ヨブは、私達を告げた。
私達の拠り所であった彼は弁え、抑制した。
彼は、聞き従い病気になった。
彼は、焼かれ砕かれた。
あなたは渇いた。
島は任じられ、彼は命じた。
ひでりであった彼は成長した。

=註釈=
 霊能者であるヨブは、私達天上界を告げた。
 私達民の拠り所となった彼自身は、弁え、自分を抑制した。
 彼は、私達天上界の指示に聞き従い、懸命な努力が原因となって病気になった。
 彼の魂は、(生存中に)焼かれ、偽我は砕かれた。(ヨブに向けて)あなたは渇いた。
 砂漠のような心であった彼は成長した。
 彼は島々の民を、各々の役につかせ、命じた。

 「やぶ」はヨブの母音操作したもの。霊能者であったヨブは、天の声を民に伝えた。
 民の指導者は、清くなければなりませんから、天上界のエルとしての火に、ヨブは徹底的に焼かれ、魂は清められた。
 歌謡や和歌に、よく出てまいりますエル(神)としての火、は、一般的に言われる火(fire)を指すのではなく、霊であり発光体としてのエルを火と表現したに過ぎないのです(ここで考えられる事は、富士山の宗教も拝火教になっているのです。もしかしたら富士山が本当にヨブの時代の高天原を指すのではないかと考える事が出来るのです!忍)。
 現天上界では、パワー(力)を与えるという表現をされておられますが、高次元の能力ある霊が、人間にパワー(力)を与える、これは聖書に表現されている「霊が注がれる」、と似たものであり、人の脳に電気的ショック(即ち、霊のエネルギー)を与えると天上界では言われています。
 これは、明白な物理現象であり、ショックによって、天の霊エネルギーに魂が満たされる。それが「霊が注がれる」という表現になったのだと思われます。
 天が権威を与え、人を導く資格が与えられた人は、絶えずこれを繰り返され、これが、古代において、エル・ランティ様によって「火に焼かれる」と表現されたのだと思われます。
 そして、又魂の凝り固まりを解きほぐす事を、「砕く」と表現したのです。
 溶鉱炉とも表現されている天上界高次元の霊、エルは、古代に於いて火と表現され、これはゾロアスター教徒達は、その火と言う表現の判断を誤り、火(fire)を崇め、拝火教となったのです。
 さて、ヨブが、王として神から使命を受けて渡来した約千年後、二つの流れの内の一つ、ユダ王国の後裔が渡来します。
 このユダ王国の主流渡来を、日本書紀では「天孫降臨」と意味付けした、というように考えられます。




イザヤ書と日本の関係

イザヤ書と日本


本稿の目的とするところは、イザヤ書と日本との関係、要するにイザヤ書は日本を除いて理解し得ざる書であり、日本はイザヤ書を離れて理解し得ざる国柄である事を闡明するにある

●第一節 イザヤ書の構成
 聖書高等批評学の結果、イザヤ書は3つに区別せられる。第1章より第39章までを第1イザヤ書といい、第40章より第55章までを第2イザヤ書といい、第56章よりだ66章の終りまでを第3イザヤ書という。その中第1イザヤ書のみがバビロン流囚以前に纏められたもので、その中にのみ預言者イザヤの預言は保存せられていると主張する。第2イザヤ書はバビロン流囚中に、第1イザヤとは全然無関係な別人のイザヤによって書かれたものであり、第3イザヤ書は、更にバビロン流囚後神殿再建が渋滞している時からエホバ礼拝復興してから、第1イザヤや第2イザヤと無関係な別のイザヤによって書かれたものであると論断する。
 然るに保守的な聖書学者はイザヤ書の単独性を主張し、第1章より第66章までの全巻は悉く預言者イザヤの書いたものであると主張する。然らば第2イザヤにあるペルシャ王クロスの記事をどう見るかという段取になって、軟派の保守学者達は、それらは後代の挿入であると言い、硬派の保守学者達は、それはいわゆる「預言の預言たる所以で」預言者イザヤは200年後の将来を透視し、その当時生れていなかった、従って名もなかったペルシャ王クロスの事を予言したのであると嘘ぶく(ペルシャクロスは、「バビロン捕囚」で捕まったユダヤ人を解放する為に、天上界が真の姿を表しているゾロアスター教を起し、そしてユダヤ人を救った天の配慮であった!忍)。
 こうした両学説に差挟れて研究を推考して行った川守田英二氏は、遂に別個の見解に到達せざるを得なくなった。というのは、第1、第2、第3イザヤと称する各巻には、共通の要素があって、その共通の要素は相互に関連せしめてのみ理解が出来る事実に逢着した。例えば、第3イザヤと称せらるる66章7節以下

 シオンは産みの悩みを知らざる先に生み、その苦しみ来らざる先に男子を産み
 出だせり。誰がかかる事を聞きしや、誰がかかる類を見しや。一つの国は只1
 日の苦しみにて成るべけんや。1つの国民は一時に生まるべけんや。されどシ
 オンは苦しむ間もなく直ちにその子等を産めり。エホバ言い給わく、われ産に
 のぞましめしに、何で胎をとざさんや

とある条は、第1イザヤと称せらるる7章14節の

 視よ乙女はらみて子を産まん、その名をインマヌエルと称うべし

37章3節

 ヒゼキヤかくいえり、今日はなやみと責めと辱かしめの日なり、そは子産れん
 として産み出だす力なし・・・されば乞うこの残れる者の爲祈祷をささげよ

と。同31節

 ユダの家の逃れて残れる者は、再び下は根をはり、上は果を結ぶべし、そは遺
 るものはエルサレムより出で脱るる者はシオンの山より出づるなり。万軍のエ
 ホバの熱心これを成し給うべし

の記事を離れて理解する事は出来ない。
 今一つの例を挙ぐれば、いわゆる第2イザヤに属する42章10節

 海にうかぶもの海の中に充つるもの、諸々の島及びその民よ、エホバに向いて
 新しき歌を歌い地の極よりその誉れをたたえまつれ

同14節

 我久しく声を出ださず黙して己をおさえたり。今われ子を産まんとする婦人の
 如く叫ばん、我いきずかしくかつ喘えがん

とある聖句は第1イザヤに属する24章14節

 これらのもの声を挙げて呼ばわん、エホバの稜威の故をもて海より喜びよばわ
 ん、この故に汝等東にてエホバを崇め、海の島々にてイスラエルの神エホバの
 名を崇むべし。われら地の果てより歌をきけり、いわく栄光は正しきものに帰
 す

とある聖句と関連せしめないで理解する事が出来ない。
 上の事実に直面して私(川守田英二氏)の到達した結論はこうである。預言者イザヤの感化の下にあったイスラエルの国粋党即ちレムナント(残余者)は、「遁れて残る者」「捕まえられて残る者」「エルサレムに留りて残る者」の三つに表現されている。そしてイザヤは時代非にして遂に預言をつづくる事能わず8章の16節に

 証詞をつかね、律法を我が弟子の内に封ずべし・・視よわれとエホバが我にた
 まいたる子等とはイスラエルの中の預兆なり、奇しき標なり、こはシホンの山
 に在す万軍のエホバの与えたもう所なり

と口を緘して終った。こうした事情から、イザヤの預言はその異なりたる弟子団によって保存せられ、それが時代と環境に着色せられたのが、後に一束に纏められて現在のイザヤ書に編集されたもので、第1、第2、第3イザヤの根底に預言者イザヤ自身の預言が伏在していると結論せざるを得なくなった。
 例えば第1イザヤはケダル(アラビヤの荒野)やセラ(南方エドム)に亡命していた一団に保存せられ、第2イザヤはバビロンに流囚となった民の中に潜伏していた弟子団、第3はエルサレム踏止って残された弟子団が神都と神殿の廃趾の中にあって、イザヤの預言を保存し、沈黙黙考を続けたのが、、後に3つの共1束して編集されたと視るが妥当である。されば、この三部より成立するイザヤ書に共通し、且つ相関連してのみ理解せらるる要素に、預言者イザヤの原型的預言が伏在すると私は見る。そしてその三部の何れにも時代環境の異なる資料や、不純たる添加物を混入しているだろう事は予想しても良い。時代環境の異なる資料を出来るだけ時代分けに整理しようと試みたものに、古い所では比較的保守派の学者である筈の、ダメローの「ワン・ボリウム・バイブル・コンメンタリー」があり、最近の学者では、モアット博士訳の旧約聖書中のイザヤ書にその一試考が代表されている。


●第2節イザヤ書の解答
 本書に於いて無慮300垂んとする「日本へブル詩歌とその断片」(上巻)と、1200に及ばんとする「へブル語根の日本語」を発表した。しかるにへブル語の詩歌とへブル語を、何故に現代日本人が今尚歌い続けており、語り次いでいるのであろうか。直系のユダヤ民族でさえ忘却している彼等の国家とその言葉を、どうして2千数百年も離れたる今日、しかも遠隔の地の果てなる日本島に於いて保存しているのであろうか。この重大なる事実に対する解答を求めて、私(川守田英二氏)は「聖書歴史と日本」の研究という分野に追込められた。そして聖書を片っ端から調べて行って遂にイザヤ書からその解答を得たのである。
 前項に掲げたイザヤ書24章14節を今一度検討する。曰く

 これらのもの声を挙げて呼ばわん、エホバの稜威の故をもて海より喜びよばわ
 ん、この故に汝等東にてエホバを崇め、海の島々にてイスラエルの神エホバの
 名を崇むべし。われら地の果てより歌をきけり、いわく栄光は正しきものに帰
 す

と。「地の果」の「東」の「海の島々」は日本の外にない。しかもそこにイスラエルの神エホバの御名は厳然として崇められている。私(川守田英二氏)はその資料を350余を蒐集している。ところで最近の口語訳には、同じ聖句は『彼等は声をあげて喜び歌う。主の威光の故に西から喜び呼ばわる』と出る。つまり「海」とあるところが「西」と訳されている。それは地中海は聖地パレスチナの西に当るから「海」という語は「西」に代用せられるからである。しかし、どんなに考えても地中海が「地の果」である道理がない。聖書学者には「海」と云えば地中海か紅海か、せいぜいペルシャ湾しか念頭に浮び出せない。そしてこれらの海の中には島々がない所から、その「東」と云えば「海沿いの国々」しか考えられないので到々誤訳に陥った。その点、元訳の旧約聖書、支那語訳旧約聖書、「アメリカン・スタンダード・バージョン」が正鵠である。
 なお、イザヤ書42章10節

 海に浮ぶもの、海の中に充つるもの、もろもろの島及びその民よ、主に
 ほめたたえよ

とあるのを見ても、イザヤは地の果の海の中に浮ぶ島々、即ち日本を意味している事が明らかである。日本に於いて作詩された「新しき歌」である事も、この預言に一致する。預言者イザヤは、何処から日本島の噂を入手したかは、別にといて在る。
 次に「日本へブル語」についての預言は、第3イザヤと称せらるる59章21節からでてきた。

 主はいわれる「私が彼等と立てる契約はこれである。あなたの上にある
 我が霊、あなたの口においた我が言葉は、今から後とこしえに、あなた
 の口から、あなたの子等の口から、あなたの子の口から離れる事はない
 」と

これによって見れば、現代日本人が今なおヘブル語を口走っているのは、偶然の事ではなくて、神の御計画と摂理の然らしむる所であると言明されている。日本神道は永い間「言霊学」というものを唱道して来た。若しそれを聖書的根拠に求めるとしたら、この聖句を除いて外にあるまい。


●第3節イザヤの召命
 ウジヤ王の死にたる年に預言者としての召命を受けた次第は『日本ヘブル詩歌の研究』の第6章に書いてある[このイザヤ書の範囲は、記紀の証明する如く、「アナニエヤ」(エホバわが祈に応えませり)を唱和せられた諾冊二尊にまで遡る事が出来、さればこの2尊に「このただよえる国を修理(つく)り固成(かためな)せ・・・」と御命じになった天津神は、聖書の天の神エホバ(エル・ランティ様)であった。この「ただよえる国」は、当時の支配者(ヨブの子孫)が、今現在日本と同じ様に「神の法」に基づいた実効的な支配が無くなった危機感から修理し直すようにの意味だと思う。川守田著『日本ヘブル詩歌の研究』、西澤著『古代日本と七大天使』の中で、不備だと感じたのは、国譲り神話である大国主尊とユダ王統(川守田氏は、ダビデ王統として強調しているが、それは悪魔ダビデの考えであって、ダビデ王の族長はユダである事を忘れている。正式な言葉は「ユダ王統」である)の関係は詳述していない。只、西澤氏の本の中で第2巻にヨブ(天御中主神)の国の歴史を著述すると予告しているが、肝心な西澤氏は正法を背反しているから、本が出るか分らない。只、『古代日本と七大天使』の中にヒントは書かれているのは事実です。只、今千乃先生の状況が大変だから『古代日本と七大天使』の続刊と『超物理学上の謎の解明』の発刊が遅れているけれど、エル・ランティ様の法話の中におっしゃっている様に、千乃先生を守る為にも早く『超物理学上の謎の解明』を発刊する必要があるでしょう!忍]。聖なるかな、聖なるかな、聖なるかなの至誠至高、至純のエホバの栄光を拝し、『われ聖ければ汝らも聖くすべし』との御旨にふれては、一とたまりもなくイザヤ自身も国民全体もその前に打ちのめされ、ユダとエルサレムの運命は滅亡の外なしとクッキリ浮上がって来た。ウジヤ王はあれ程の明君であったが、頭より足の先まで全き所なきまでに癩(雷)に打たれて遂に死亡した。イスラエルの二つの家はエホバの建て給うた国柄である[これは、全く違う。一つは神エホバの弟である悪魔ダビデが作った国が北朝イスラエルである。神エホバに反抗して分裂させたのである。詳しくは「古代日本と七大天使」に詳述している!忍]が、偶像礼拝その他の背教行為が禍して社会正義が紊乱し、国民道徳は低下し、これまでの預言者が代る代る北朝イスラエルの罪を責めてその滅亡を宣言したが、しかも同じ理由の下に南朝ユダもエルサレムも、この聖き神の義しき審判の下に滅びなければならぬと見て取った。ああ、アッスリアの勃興・・・これぞエホバの手に握られた刑罰の鞭である[全く違う。これは悪魔ダビデの産物である。個々の人によって性格が違うからいちがい纏めてこれが正しいとの発想は神エホバはない。只、国民全体の方向性は考えるけれど、それはあくまでも教育勅語による道徳的観点で判断している。これはマナセの悪行は、悪魔ダビデが唆したのである。悪魔ダビデの戦略は、わざわざ悪行を行わせて、人に罪な方向に持たせてそれで刑を執行させるという一種の囮捜査でもある。悪魔の定義は、人に悪の道を誘う人の事を云う。言葉の悪行は罪が重い事実を考える必要がある。キリスト教関係者は、この言葉に対する戒めを重く書いた「ベン・シラの智慧」を外典扱いしている。この「ベン・シラの智慧」を神の戒律として重く持上げる必要がある。偶像批判は、行過ぎている。霊界の最高責任者の存在「神エホバ」の存在を忘れなければいいのである。只、現実問題は、今の日本は、神エホバが存在している沖縄王族出身である千乃裕子先生を無視しているのが異常な問題である。日本人は天皇陛下だと思っているが、天皇陛下の近くには、神エホバ(今現在はミカエル大王様)は存在していない事は忘れてはならない。そして偶像崇拝よりも人として守らなければならない「神の戒律」(殺生・偸盗・邪淫・妄語・両舌・悪口・綺語・貪欲・瞋恚・邪見をしてはならない。)を大切にしなければならない。!忍]。

1、イスラエルの聖者
 『我誰を遺すべきか』に対して『我ここにあり我つかわし給え』と立ったイザヤは『イスラエルの聖者』を真向うから振りかざして国民に迫った。この言葉はイザヤ書に30回、詩篇に3回、エレミヤは100年後に2回用いている。アモスは正義、ホゼヤは哀れみ、イザヤは聖を説いた。聖という内容を以て国と国民に迫る神である。その聖なるエホバは「日本の聖者なり」と言い得た往古を尊く思う。イザヤは『エホバに立帰れ』たとえ汝等の罪紅なりとも雪よりも白からんと招いた。然るに酒に酔うたる民は「イスラエルの聖者あらざれ」「神罰なるものあらば当てて見い」「見る者に見る勿れ、預言するものに預言するなかれ。清らかなる事を語れ」と勝手を並べていう事を聞かなかった。かくて国は一歩々々聖き神の審判へと突入して行くのであった[神の云う事を聞かない結果としてバビロンに侵略された。しかし、これは神が行ったのではなく、神の言葉を受入れない民が自分で招入れて、バビロンの奴隷となった。今の日本も其の状況に入っている。それは、正しい人を排除し、悪魔の道を受入れている状況である。只、勿論是正しないでそのまま放置すれば、結果として滅びるけれど、それは侵略其の行為は神が行ったのではなく、民の不注意で招き入れたと考えて欲しい。只、神が助けてくれば良いがという言葉が流れるけれど、神は正しい人しか守らない。素直に神の言葉を受入れて戒めるのが救いの道であり、希望が見えるのである!忍]。

2、「残れるもの」への期待
 アモスの中にある『残れる者』は獅子に喰い遺された片鼻、片手、片足である。サマリヤの破滅の後に残れる者の形容であった。然るにイザヤの「残れるもの」は「優秀なる少数者」で、これが神の国を樹立する。「少数は神に立帰らん」。切倒された樫の切株から新芽が出て来るように、大多数は滅ぶるとも少数者は残存して将来を築き上げる。イザヤはこの国粋党の一団に希望をかけ、自らその指導者となった。イザヤは長男の名を「シュャシュブ」と名付けた。普通、その意味を上の解説の如く理解してきたが[少数は神に立帰らんという意味]、段々イザヤ書を検討して行くと、それだけでは意に尽していない。「ショ」即ち「残余者」とは、「のがれて残る者」の義で、その中にはダビデ(ユダ)王統の正系を中心に、一時国難を逃れて亡命したものの義である。それが捲土重来の勢をもて、浄化せられたユダヤの本国に立帰り、再びダビデ(ユダ!忍)の王国を打建てる希望を表現したものである。

3、何処に求むるや
 イザヤ書10章3節に

 汝ら懲らしめらるる日来らば何をなさんとするか。敗壊とほきより来らん時
 何をなさんとするか。汝等逃れゆきて誰に救を求めんとするか、又何処に汝
 等の栄を残さんとするか

とある。私はこの聖句にイザヤの預言者としての活動の基調を見る。イスラエルの栄は言うまでもなく「永遠の王座を約束されたダビデ王統」[神は、血統で王統は決らないが、神の法に基づいて王統が決る。これは、ダビデ王統でなく、族長ユダ王統である。アブラハムの一族の歴史は、神の法(法華經)に基づいて考えれば、かなり悪魔に操られている感じがある!忍]。栄を富とも訳すが、その解答は39章6節

 みよ日来らん、汝の家のもの汝の列祖がけふまで蓄えたるもの

とあるそれと見てよかろう。北朝イスラエルは紀元前722年にアッスリヤに滅ぼされ、ユダヤも紀元前714年セナケリブの入冦の時にあわや滅びなんとしたが、辛うじてエルサレムだけが歯牙を免れた。しかし、やがて『バビロンに携えゆかれて、残るもの1つもなかるべし、これエホバの言葉なり』(39・6後半)との見透かしが、ハッキリ付いていた。こうした時に志師ヨシュウア時代よりカナンから追出されし、ヘテ人、ヒビ人(蝦夷)アエノ族、エジョ族が地の極の海の最中に浮ぶ島々を発見して、蜂の行列をなして辿り付いた、新天新地のカナンこそ、ダビデ(ユダ!忍)王統を送込み、新しきカナンの新しき制服と統御により神の国を樹立するに応わしき避け所であると見たのである(全く、日本の立場を忘れている。この辺りは上の註に書いているが、更にアダムとイブの物語まで遡ることが出来る事を忘れているから、「征服と統御」の言葉が使う事が出来る。日本は「神の国」、宗王国である事を忘れている。単なる故郷に帰った話だけである!忍)。
4、地の極みなる日本
 40章27節

 ヤコブよ汝何故にわが途はエホバにかくれたりというや、イスラエルよ、
 汝何故にわが訴はわが神の前を過ぎ去れりとかたるや。汝しらざるか、聞
 かざるか、エホバの永久の神、地の極の創造者にして、倦みたまうことな
 く、又疲れ給うことなく、そのさときこと測りがたし

とある。即ちエホバは昼夜兼行で、ヤコブの為のイスラエルの為(全く違う、人類、宇宙に生存する生物の為に!忍)、地の極に新しき国を準備しつつある。汝等の祈りはチャンと応えられているのである。しかし、大陸を横断してそこへ辿り着くのは大変な事だと思うであろう(これは、奇蹟だと考えないだろうか!忍)。がしかし29節に

 疲れたるものには力を与え、勢力なきものには強きを増し加えたまう。年
 少きものも疲れて倦み、壮んなるものも衰えおとろう。しかはあれどエホ
 バを俟望むものは新たなる力をえん。又鷲の如く翼をはりてのぼらん。走
 れども疲れず、歩めども倦まざるべし

と。イザヤがレムナント即ち国粋党を率いて日本に向ったのは紀元前712年57才か60才に垂んとする頃であった(これも違う。この辺りは「イザヤの殉教と昇天」でマナセ國王によってイザヤを木鋸で両断した事が述べられている。これは、悪魔ダビデがユダの民を日本に移住したとの怒りで、「聖者は殉死」が理想だとうそぶいてマナセに唆した!忍)。
 なお「地の極」については、24章15、16節、42章10節に書かれてあるが、26章の15節に

 汝、境を遠く地の極にまで拡張したまえり

とある。かくて20節に

 我が民よゆけ汝の部屋に入り、汝の後ろの戸を閉じていきどほりの過ぎ行く
 まで暫時かくるべし

と、エホバが世の国々を審判し給う時まで、そこに避所を得よというている。45章22節には

 地の極なる諸々の人よ、汝等我を仰ぎ望め、さらば救われん、われは神にし
 て他に神無ければなり

と招いている。

5、新天新地日本
 イザヤ書の新天新地は日本の事を意味する。65章17節

 みよわれ新しき天と新しき地とを創造す、人さきのものを記念する事無く、
 これを心に思い出ずる事無し。(アッスリヤに辱められ、バビロンに虐げら
 れた事等)されど汝等我が創造するものによりて永遠に楽しみ喜べ、視よ我
 はエルサレムを造りて喜びとなし、その民を快楽となす、われエルサレムを
 喜び我が民をたのしまん

日本は新しきエルサレムであり、新しきシオンである。62章

 我シオンの義あさ日の光輝の如くにいで、エルサレムの救、もゆる松火の如
 くになるまではシオンの為に黙さず、エルサレムの為に休まざるべし。かく
 て汝はエホバの口にて定めたもう新しき名をもて、称えらるべし

66章22節

 エホバ宣わく、わがつくらんとする新しき天と新しき地と我
 が前に(「ヤマド」即ち)ながく留まる如く、汝の裔と、汝
 の名はながく止まらん

「大和民族」の「ヤマド」それであるから「天壌無窮」の意味であって、これこそエホバの口にて定めおきたる新しき名であるに相違ない。65章15節

 されどおのれの僕等を他の名を以て呼び給うべし、かかるが
 故に地にありて己の為に福祉を願うものは真実の神に向いて
 福祉を求め、地にありて誓うものは真実の神をさして誓うべ
 し。先の困難は忘れられて我が目より隠れて失せたるによる

6、イザヤ運動の叛逆性
8章11節に

 エホバ強き手をもてかく我に示し、この民の路に歩まざらん事を
 我にさとして言い給わく、此の民の叛逆と称うる所のものを、汝
 等叛逆と称うるなかれ、彼等のおそるる所を汝等おそるる勿れ、
 万軍(宇宙連合軍隊最高司令官!忍)のエホバを聖としてこれを
 畏み、これを恐るべし、然らばエホバはきよき避所となり給はん

 何故に預言者イザヤの運動に叛逆性ありと批難せられたか。それはいうまでもなくインマヌエルの誕生と共に、ダビデ(ユダ!忍)の家に革命的な運命が開始せられたからである。時は維れ紀元前734年であった。スリヤの王レヂンとレマリヤの子ペカが結束してユダを攻めに来るという風聞が伝わり『王の心と民の心とは林の木の風に動かさるる如くに動いた』と7章に出て来る。レマリヤの子ペカは長い間北朝イスラエルの軍師として25年も実権を握っていたが、紀元前735年に、スリヤ王レヂンの支援を得て、時の王ペカヒヤを殺して(犯罪を犯して!忍)自らイスラエルの9支配者となった。その勢いで、南朝ユダヤの王アハズに迫り、もし反アッスリヤ同盟に荷担しなかったら首をすげかえてタビエルの子を南朝ユダヤの支配者とすると言出した。愚昧なるアハズ王は、真の大敵はアッスリヤである事を知らず、目前のレヂンとペカを亡ぼさんとしてアッスリヤ王に救援を求め自らその属国とならんとしている。スリヤとイスラエルが滅びたら、北方の堤防が崩れた時のように、アッスリヤの大洪水は南朝ユダヤに押寄せて来て国が亡びる。危険この上なしと、長男シャルャシュブ(「残余者帰り来らん」の語義)を同伴して、布をさらす野の大路の傍らなる、上の池の樋口に行ってアハズ王を迎え忠告した。『謹みて静かなれ』スリヤのレヂンやサマリヤのペカが逆立ちしても、永遠の王位を継承しているダビデ(ユダ!忍)王朝を廃して、嵩がダビエルの子なんかに首のすげ替えが出来るものでない。彼等は怒っても、二つの燃残りの煙れる小柴のようなもので眼中におく価値がない(自分が分らないのは、ダビデの正統性はどこから来るの理由が分らない!忍)。真の敵はアッスリヤである。国策をあやまる勿れと忠告した。愚昧なる王の心は既にアッスリヤに向いているので返事をしない。預言者イザヤはもしわがいう言葉を信ずる能わずは、わが預言のエホバより出ているか否かを確認する為、エホバに1つの預兆を求めよと迫った。アハズ王は『われ之を求めじ我はエホバを試みざるべし』と己の不信仰を蔽いかくさん為に申命記の『主たる汝の神を試むべからず』の句を以て答えた。預言者イザヤはカッと怒った。人間イザヤは恥かしめられても何でもないが、この大衆の前で、我が神エホバの聖霊に逆う罪は永遠に赦されない。さらば主自ら汝に一つの預兆を与える。『視よ乙女孕みて子を産まん、その名をインマヌエルと称うべし、彼悪を捨て善を選ぶ事を知らざる先に、汝が忌み嫌う二人の王の地はすてらるべし』とおっしゃった。

7、インマヌエルとは誰か
 インマヌエルは、定冠詞付きの乙女、従ってイザヤにも王にも会衆にも、その当時ハッキリと理解された女性から生れる。その女性が女児ではない、男子を産む。「コラータ」即ち「汝又は彼女」はその名をインマヌエル(「神我らと共に在すの」語義)と名付くべし。この男の子の誕生によってダビデ(ユダ!忍)の家に一大転換が行われた事が宣言せられた。この男の子とは誰であるか。これはアハズ王の子ヒゼキヤではない。ヒゼキヤはこの時既に16才の青年であり、9年後には立派な為政者として君臨している。だから、この定冠詞付の女性は若きヒゼキヤ王子の若き許嫁の妻であり、王族イザヤの長女であったに相違ない(ヒゼキヤ王妃である、ヘフジバ妃である。ここから、考えば、マナセは、ヘフジバ女王妃の皇子とは考えにくいのである。何故ならば、インマヌエルが皇太子ならば、マナセ王は何を意味しているだろうか。南ユダ王国の王子を残すために分かれたのかの疑問が残る。このヘフジバ王妃様が天照大神となった。!忍)。さすれば、インマヌエルはアハズ王にもイザヤにも正系の孫であり、従って「汝又は彼女其の名をインマヌエルと称うべし」といい得る関係にあり、同時に『インマヌエルよ、その延ぶる翼はあまねく汝の地にみちわたらん』(8章8節)とある如く、ユダヤの地は当然彼の所領地であると認めらるる資格を具備している。

8、マヘル・シャラル・ハシ・バズ(建速素盞
鳴尊、別名、午(馬)頭王)
 このインマヌエルの預言のあった翌年即ち紀元前733年にテグラセピレセルがスリヤの都ダマスコを陥れ、続いて北朝イスラエルは荒され、人々はアッスリヤへ連行された(列王下15・29)。ペカは数年後(紀元前730年に指定せらる)ホセアに殺され、紀元前733年に生れたインマヌエルが12才に成長した紀元前722年に北朝サマリヤの都は陥落した。かうなると次に来るものは南朝ユダヤの滅亡である。イザヤは「マヘル・シャラル・ハシ・バズ」(掠奪は迅く、獲物は疾し)即ち「国難到る」と警鐘を乱打した。8章3節に

 われ預言者の妻にちかづきし時、彼はらみて子を産みければエ
 ホバ我にいいたまはく、その名をマヘル・シャラル・ハシ・バ
 ズと称えよ、その子未だ我が父我が母とよぶことを知らざる中
 にダマスコの富とサマリヤの財宝は奪われてアッスリヤ王の前
 に到るべければなり

それまではよいとして、これからが安閑としていられなくなる。5節以下に

 エホバ重ねて我につげたまえり、曰く、この民は緩やかに流る
 るシロアの水を捨ててレヂンとレマリヤの子(を相手としてそ
 の滅ぶるを)とを喜ぶ。これによりて主は勢い猛く漲り渡る大
 河の水を彼等の上にせき入れ給はん。是はアッスリヤの王とそ
 の諸の威勢とに及ばん。インマヌエルよ、そののぶる翼はあま
 ねく汝の地に満ちわたらん

と。イザヤは次男の名を「マヘル・シャラル・ハシ・バズ」と命名した。 このようにして大洪水は項まで到着し、辛うじてエルサレムのみが漸く 息を繋ぐことが出来る様に頭をもたげていた状態において、ユダの全地は荒され、その民も北朝の民と同じように捕まえられて行った。後は放牧して牛、山羊を飼い、養蜂をする外の途がなく、従ってインマヌエルが12才頃には乳酥と蜂蜜とを喰うたのである。

9、預言の一時中止
 インマヌエルが誕生したからというて、それだけで叛逆罪を構成する理由がない。しかし、預言者イザヤはユダも早晩滅びると見ている。さすれば、神がダビデに誓うた「永遠の王座」はどうなるかという問題になる。旧きカナンの旧き征服による神国建設運動は失敗した。故に新しきカナンの新しき征服によって、未だ罪にけがされざる、新天新地において、アッスリヤ、バビロンの手の及ばぬ地の極の日本に神の国を建設する事によって、ユダヤ国の滅亡をまぬかれしめ、イスラエルの永遠の王座を継続せしむる事が出来る。ダビデ(ユダ!忍)の家の祝福を不信のアハズ王より奪ってインマヌエルに移し、これを種にして国粋を保存し、滅びるユダヤに見切りをつけて、天壌無窮滅びざる神の国を他に樹立するというのがイザヤの東漸運動である。だから、反対者達からイザヤの運動に反逆性が伏在していると批難をあびせかけられ、「見る者に見る勿れ」「清らかなる事を語れ」と強要せられた。イザヤの運動は信ずる者には「清き避所」となり、反対党には「跌づく石」となった。8章13節に

 汝等は只、万軍のエホバを聖としてこれを畏みこれをおそるべし、
 さらばエホバは聖き避所となりたまはん。イスラエルの二つの家に
 は跌く石となり妨ぐる磐とならん

反対党の気勢は暴力化するにつれ、イザヤは自重した。聖なる聖なる聖なるかなのイスラエルの聖者に身を献げ「われを遣わし給え、地の極までも」と使命を帯びて立ったイザヤは、8章16節に

 証詞をつかね律法を我が弟子の内に封ずべし。今面を蔽いてヤコブの家を顧みずと雖も、我そのエホバを俟望みまつらん。視よ、我とエホバが我にたまいたる子等とは、イスラエルの中の預兆なり、奇しき標なり、これはシオンの山に在す万軍のエホバの与えたまう所なり

イザヤ(エホバ救い給う)、シャルャシュブ(残余者帰り来らん)、マヘル・シャラル・ハシ・バズ(国難到る)の三つの名は、無言の預兆として国民の前に提供された。

参考文献
川守田英二著『日本ヘブル詩歌の研究』より、時々註釈は忍である。この中でダビデ王を持ち上げているが、これは、全て悪魔ダビデが行われた結果と考えている。天照大神、祭政主イザヤの子の3人の神々は、悪魔ダビデを嫌っていた。この事は、『古代日本と七大天使』に著述している。







皇室とユダヤ王家の関わりの写真



以上、古事記は日本語の聖書版であったより

ユダヤ王家にある石棺に彫られている刻印が、皇室の菊の紋章と同じである所を考えてください。

それとアケメネス時代の玉座の紋章も菊の紋章である。
資料
サマリア出土の写真
「聖書考古学(ENCYCLOPEDIA OF ARCHAEOLOGICAL IN THE HOLY LAND)
より
イランのテヘランの宮殿にある玉座
『大聖書』3巻 P6論文の写真より




ヘロデ大王 ユダヤ人王(紀元前37〜4)について

 イドマヤのアンティパテルの子。ユリウス・カエサルの下でユダヤ人の王として統治した。彼についての主な歴史的資料は、ヨセフスの著作にみられた記述で(《古代誌》]X、]Y、]Z)。これは主としてヘロデの宮廷歴史家、ダマスコのニコラスの記録したものに依っている。
 理論上は独立国家であるといえ、ヘロデは自分の権力の行使が、ローマとの関係次第だという事を理解していた。この関係は是が非でも維持せねばならなかったし、又彼があれほど長期にわたって権力の座に留まりえたという事実は、彼の抜け目のない天才的な政治的駆け引きを証するものである。
 ヘロデにはユダヤ人でなかった歴史的事実がある。それは、宗教上はユダヤ教徒ではあったが、人種的にはイドマヤ人を祖とし、半分しかユダヤ人でなかった事、その上、ローマの立場に近かったから、国民から親しまれなかった。
(註:天上界のメッセージ:ヘロデは、イドマヤ人の子孫であったが、ダビデの子孫でもあり、ユダヤ人でもある。しかし神の法を犯した犯罪人であるから許していない。)

 ヘロデの悪行には、2つの根源があり、これが彼の治世の期間中つきまとった。第一は、ユダヤ王の地位を確保する際のやり方にあった。ハスモン家の王を追い出し、処刑したからである。ハスモン家のマリアムネとの結婚を通じて、同盟関係に入ったものの、それで根深い恨みが解消したわけではない。実際、マリアムネの母アレクサンドラが彼に対して抱いた憎悪は、ついには彼女の子等に悲惨な災厄を齎す事になった。
 アクティウムの戦いで(紀元前31年)、オクタヴィアヌス(アウグストゥス)がアントニウス=クレオパトラ軍に勝利をおさめると、ヘロデは堂に入った駆引きで新しい支配者に取り入った。オクタヴィアヌスの好意は確保したものの、自分を取り巻く恨みと仕返しには敏感だったので、嫌疑を受けた者達の生涯は悲惨なものとなる。この疑いが、ハスモン家最後の人物、老ヒルカヌス(ヒルカヌスU世)の殺害、紀元前29年のマリアムネの処刑、翌年ヘロデの失墜を目論んだアレクサンドラの処刑といった事態を次々に招いた。ヘロデと最初の妻ドリスとの間の息子アンティパテルは、マリアムネとの二人の子アレクサンドロスとアリストブロスに対し、父が悪感情を抱くよう仕向けた。二人は結局、審問に付され、叛逆のかどで処刑されてしまう。しかしアンティパテル自身も父の跡を継ぐ事はなかった。紀元前4年のヘロデが死ぬ数日前、父に殺されてしまったからである。
 第二は、イエス様の誕生にまつわる新約聖書(マタイ2章)の中での”嬰児虐殺”という蛮行の記録である。